本文へスキップ
暮らしの設え

畳の上の暮らし、床に座るという選択

2026年5月22日 · 約3分で読めます

TL;DR

  • 畳と床座の暮らしを、住み替えの経験から考えた随筆。
  • 床に座る生活は、家具の少なさと部屋の可変性を生む。
  • い草の主産地は熊本県で、国産畳表の多くを占める。
  • 床座か椅子座かは、優劣ではなく身体との付き合い方の違いだ。

引っ越した先の部屋には、六畳の和室がひとつあった。前の住まいは洋室だけで、椅子とテーブルの生活に慣れきっていた私は、最初この畳の部屋をどう使えばいいのか分からなかった。とりあえずソファを置いてみたが、足が畳に食い込み、すぐにどけた。畳には畳の作法があるのだと、そのとき気づいた。

床に座るということ

床座の暮らしは、家具が少なくなる。座布団と低い卓があれば、食事も読書もできる。夜は同じ場所に布団を敷けば寝室になる。一つの部屋が、時間帯によって役割を変える。洋室では「寝る部屋」「食べる部屋」と機能が固定されがちだが、和室は一日のなかで姿を変えていく。

もっとも、床に座る生活は身体への負担もある。立ち座りの動作は膝や腰に応え、年齢を重ねるほど椅子のありがたみが増す。実際、近年は和室のある住宅そのものが減っているという指摘もある。床座が万能だと言うつもりはない。ただ、部屋を固定された機能から解放する発想は、椅子の生活にも応用できる。

い草という素材

畳表に使われるい草は、熊本県が国内生産の大半を占めると、熊本県や畳業界の資料で説明されている。新しい畳の青い匂いは、このい草に由来する。一方で、安価な化学表や輸入品も広く流通しており、国産い草の生産者は減少傾向にあるとされる。手入れ次第で十年以上もつ天然素材だが、その背後にある産地は静かに縮んでいる。

畳は、定期的に表替えをすれば長く使える。道具を手入れして使い続けるという考え方が、床材にも当てはまる素材だ。すり切れたら張り替え、傷んだら裏返す。捨てて買い替えるのではなく、部分的に直しながら付き合う。

身体との付き合い方

畳の上で過ごすうちに、姿勢が変わった。床に座ると背筋を意識せざるを得ず、長く座っていると自然に座り直す。椅子のように同じ姿勢で固まることが少ない。これが良いか悪いかは、その人の身体次第だろう。朝の支度を整えるとき、床座の部屋は道具を広げやすいという利点もあった。

床座か椅子座かは、どちらが正しいという問題ではない。膝が痛ければ椅子のほうがいいし、部屋を多目的に使いたければ床座が向く。大切なのは、住まいの形に身体を合わせるのではなく、自分の身体に合った座り方を選ぶことだ。畳の部屋は、その選択肢を一つ増やしてくれた。住空間は、機能で割り切る前に、もう少し柔らかく考えていい。

参考

  • 熊本県「い草・畳表の生産」に関する資料
  • 全国畳産業振興会の公開情報
NEWSLETTER

小径の便りを、月に数回

新着の記事と、季節ごとの歩き方を、静かにお届けします。

配信はいつでも停止できます。プライバシーポリシー